Ave Verum Corpus – Impression

Ave Verum Corpus ひととおり読んでみて思ったこと。

corpusとはイエスの肉体というよりも、イエスその人と解釈できるだろう。

ここまで見てきた4行は、煎じ詰めればつまり、
・生まれ(第1行)、
・苦しみ(第2行)、
・死んだ(第3行)、
・先輩(第4行)。
という歌だということがわかってしまった。
直截的というか身も蓋もないというか、美辞麗句もなければ救いもない歌詞は、この優しい曲にそぐわないように見える。

でも、同じ歌詞について別の見方をすれば、ここに歌われているイエスは、
・愛され(人の子として母に産み育てられ、avēと親しみを持って呼びかけられ)、
・愛し(人のために苦労をし、自分は損ばかりして)、
・物質としての肉体は滅びるけれど(刺され、流血し)、
・死してなおその後も全ての死すべき者 −それはすなわちいま生ける者のことだ− を教え導く、
という存在でもある。
なんか、泉谷しげるの「春夏秋冬」の歌詞を思い出す。そう思うと、この曲の神々しいまでの優しさは、イエスを賛美する心とやはり符合しているのかなとも感じる。

こうした、イエスへの想いは、文法的に見ても、なんだかとっても不器用というか誠実で暖かい。
初めから3行目までずっと、イエスと呼ばずにcorpusとそれを示す3人称で通し、それも、代名詞自体は明示せずに動詞の人称変化だけで暗示し、最後の4行目でやっと2人称になる、それも、estōというほんの短いひとことに、全てを込める。ずっとうつむいてもじもじしていたけれど、勇気を振り絞って最後の最後にしっかり目を見て告白する、青春小説のヒロインの台詞のように繊細。

ということで、さあ、歌おう。

文の要素に分けるならば、すでにみてきた通りざっと以下のようになるだろう。
[Avē] [vērum Corpus] [nātum [dē Marīā virgine]]
[vērē passum] [immolātum [in cruce] [prō homine]]
[cūjus latus perforātum] [undā flūxit et sanguine]
[estō [nōbīs] [praegūstātum] [in mortis exāmine]].

発音についてはサイト「教会ラテン語の発音について」が大変わかりやすい。その中からこの歌に関係する事柄をいくつか。

・母音は基本そのまま発音する。
英語に慣れていると、とくにuをアとか(小さい)ユとかに読みがちだが、uはuだし、aやoをエイとかオウとかの二重母音にしてはいけない。

・Corpus, virgine, perforātum, mortis
母音に続くrは英語のように曖昧母音にせずにrを発音し、そしてそのrは英語とは違う、巻き舌のr。

・Corpus, cruce, cūjus
語頭のcは[k]だが、語末のceは[tʃ]。

・homine
hは発音しない。

・sanguine
uiはwiという感じの二重母音。
英語のGuinnessのような単母音ではない。

・cūjus
jは発音記号の[j]と考える。つまりiと同じ音。日本語のヤ行。

・praegūstātum
aeは二重母音ではなく単母音e。

(おわり)

なにかひとこと。